不適応な困った人たち

役割を果たせない・ルールを守れない・協調性がない

「困った人」は、その人物が暮らす環境に上手く適応できない面を持っている。そこでまず、みんなが困ったと思うかどうかを決める不適応の条件を、ここに登場する何人かを紹介しながらお話ししていく。不適応な「困った人]の第1は、周囲の環境から期待されている役割をキチンと果たせないタイプである。職場でも、学校でも、家庭でも、みんながこうすべきだ、ああすべきだと思っている役割をこなせない。

たとえば、その学生にどんなに才能があっても、試験を受けて合格しなければ進級できない。引き篭もる若者たちは、家庭にいれば普通に暮らしていられるのに。こと学校についてだけ、授業に出なかったり、試験を受けたりしないため、学生無気力症と言われ、やがて全てが上手くいかなくなる。

最近は、職場にも、キチンと出社できない出社拒否症の人がいる。どんなに有能でも、職場が期待する役割をキチンと果たさないと、社員としては失格である。みんなから「だらしない」と言われたり、「何をグズグズしてるんだ!」と言われるのは、テキパキ役割をこなせないためだ。

家庭でも同じことだ。父親、母親、夫、妻としての役割がある。大人になっても。親離れできない。ひとり立ちしない困った人がいる。生活力がなく、妻子がいるのに、親に養ってもらっている人。子どもができたのに、子育てというお母さんの役割が上手くできない母親。妻が共働きで、「子育ても一緒にやってほしい」と頼むのに、仕事、仕事で少しも助けにならない父親。そんな人たちは家庭の中の困った人だ。そして、それぞれ環境にはそれなりに秩序がある。その秩序を保つためのルールがある。このルールを守らないと、困った人になる。不適応な「困った人」の第2のタイプである。

「グズだ」「だらしない」と言われる人は、ついルールを忘れたり、間違えたり、時間に遅れたり、期限に間に合わなかったりする。自己中心的な人物は、ルールに無関心だったり、敢えてそれを無視して、自分本位の行動をとる。夫婦、親子の間にも、ルールがある。ある種の倫理や道徳の問題もある。ところが、これらのルールは、社会、時代が変化するにつれて変わっていく相対的なものである。特に現代は、性や子育てについて。伝統的なルールは大きく変わった。

3歳までは母親は子どもと一緒にと言われていた。いま、生後4ヵ月で保育園に預けるのも、働く母親としてはやむを得ないと、母親の子育てのルールも大きく変わりはじめている。お年寄りを介護するのは家族の務めという時代から。老人介護保険の時代へと親孝行のルールも変わりつつある。とりわけ若い世代に深刻なのは、性のルールの変化だ。若者たちにとっては、1対1の愛情関係を持つことが当然という時代から、複数の関係を持っている人のほうが多くなってしまった。

しかし、そうなると、そのことで傷ついたり、嫉妬に狂ったりして、心の悩みはどんどん広がる。自分の心の中の苦痛も深刻になり、みんなからも「困った人」と言われる。性の世界は、こんな困った若者でいっぱいだ。さらに夫婦関係の変化では、現代の不倫、失楽園ブームもその1つである。以前人々の感動を呼んだ「マディソン郡の橋」の主人公は、家族のルールを守り通すことで心の愛を全うした。ところが、「失楽園」では、ルールを超えることで愛を全うしている。

ルールが身につかず、いつも落ちこぼれたり、ルールを乱す人がいる。ルールを守るという躾(しつけ)が身についていない人だ。幼稚園、小学校時代から登園・登校拒否を繰り返し、家庭の外に身を置く居場所ができないまま、引き篭もりになってしまう人たちもそうだ。

ところが、引き篭もりの人々に福音か訪れた。つまり人間関係のルールなしに、気楽に人とつき合える世界が登場した。それがインターネットだ。ここでは、人と人が対面することなしに、お互いに身を隠しながら、好きな時だけつき合うことができる。そのために、ますます現実から引き篭もり、疑似現実の世界にのめり込む。

対人関係の協調性かない人は「困った人」の第3のグループだ。お互い人と人との間にはヤマアラシ・ジレンマがある。ヤマアラシ・ジレンマとはショーペンハウアーの寓話(ぐうわ)で、ある寒い冬の朝、2匹のヤマアラシが、お互いを暖めようとして身を寄せ合ったが、それぞれが自己主張のトゲを持っているために相手を傷つけてしまう。やがて2匹は、ある程度お互いを傷つけ、ある程度お互いを暖め合う適当な距離を発見した・・・という話だ。

このヤマアラシ・ジレンマのように、ある程度の傷つき、怒り、憎しみが絶えず交錯するのが人と人とのかかわりである。ヤマアラシ・ジレンマを乗りこえて、関わりを持つことかできなければ。人間関係は上手くいかない。どこかで自分の感情を抑えて相手の気持ちに従うとか、妥協するとか、我慢することができないと、人とは上手くつき合えない。その意味での協調性が大切だ。

相手に対する思いやりがあれば。自分のほうが不都合になったり、不利益になっても。「これはやむを得ないな」という気持ちになることができ、さほど無理なく協調できる。協調性がないと。絶えず人とゴタゴタしたり、トラブルが繰り返される。特に職場では、上司、あるいは同僚と一緒に仕事をやっていくことが重要なのだが、それが上手くできない。

幼いときから協調性が身についていないと、幼稚園に行っても友達ができない、みんなにイジメられる。学校の友達にも。職場の同僚にも、いつも不平不満を抱く。それぞれの場面には、それなりの物の考え方や習慣や、やり方がある。それらに自分も従って、みんなと同じようにやっていく気持ちが必要だ。「困った人」と言われる理由の1つに、この協調性の無さがある。

役割が果たせない、ルールを守れない。人との協調性かない。周りの人が「困った人」と言うのは、多くはいま述べた、この3つの条件のどれか、あるいは、その全てが上手くいっていない場合である。

— posted by Azuma at 11:44 pm