気取り君の空想の秘密

実は気取り君には、本人も半ばはっきりとは気づいていない、幼いときからいつも思い描いている空想がひそんでいた。その空想は、彼が学生時代に学生相談でカウンセリングを受けることになった、そのカウンセリングの中で。はっきりと思い出された。そもそも気取り君は。いつも、とても囃のない態度で暮らしているだけに、みんなとワイワイやったり、急に人と近しくなったりしたときに、パニックを起こすことがある。

たとえば、気取り君は学生時代に一度調子が乱れ、すごいパニックを起こしたことがある。それは、クラブのコンパに行かなければならなかったときだった。みんなと夜中にワアワアやっていたのだが、気取り君があんまり気取っているので、先輩が憎らしくなったのか、無理にアルコールを飲ませたり、歌をうたわせたり、隠し芸をやれといってからかった。彼はその場に耐えられなくなって、気持ちが悪くなり、そのうちに心臓がドキドキして、過呼吸の発作が起こって結局、救急車で病院に担(かつ)ぎ込まれたのである。

そのときに、学生相談でしばらくカウンセリングを受けた。どうやら気取り君は、自分らしい気取った態度をとれなくなるときに、パニックが起こる。それ以来、絶対そういうふうにはなるまいと決意して、ますます気取り屋で暮らすようになった。そのカウンセリングの中で、こんなことがわかった。実は、気取り君の生まれ育ちは、そんなに上流階級の何様というような家庭ではない。むしろ中小の会社のごく普通のサラリーマンの家庭だ。お父さんの出身大学も、いわゆる一流と言われるところではなくて、地方の小さい大学だ。会社でも出世コースに乗ることはなかった。

そんな家庭で、経済的にも貧しくて苦労もあった。しかも、お父さんは酒癖が悪く、しょっちゅう母親に暴力を振るったりして、いさかいが絶えなかった。だから、むしろ彼は「育ちがいい」とは反対の家庭環境で育ったのだ。少しカウンセリングが進んだとき、実は、気取り君はとんでもない空想を幼いときから抱いていることに気がついた。それは次のようなものである。

「あの親父はぼくの本当のお父さんじゃないんだ。かわいそうにお母さんは、本当は何々の宮様(華族)の家の嫡男と愛し合って、二人とも一緒に死のうかと思うほど熱烈な恋愛をしていた。だけど、あまりにも身分がちがっていたし、まだ昔だったので、周りから妨害されて、二人とも泣く泣く別れることになった。そのとき身ごもっていたのがぽくなんだ。お母さんがそのことで悲しんでいるときに、いまのお父さんかあらわれて、さかんに慰めたり、ご機嫌をとったので、ぼくのこともあって、お父さんと結婚したんだ。お父さんはそのことを知らない。自分の子どもだと思っている。きっとそうなんだ。お母さんはときどきそうじゃないかと思うようなことを、ぼくに口走ったことがある。ぼくは本当はあんな品の悪い親父の子じゃない」

たしかに彼がそう思うのも無理もない点がある。お父さんに比べると、お母さんは本当に品のいい、育ちのいい女性だ。実際にお母さんの実家はお父さんの家庭に比べると、教養度がずっと高く、母の父(祖父)は仕事で長く海外に駐在していたし。また、お母さんも何度も向こうに行っていたこともある。

「ぼくは本当はただの日本人じゃないんだ。お母さんの恋人の宮様はずっとロンドンで暮らしていた人で、その宮様と愛し合って、ぼくが生まれた。だから、ぼくに何となく英国紳士風のバタ臭い印象があるのは、ただの見かけだけの話じゃないんだ」そういう空想を、彼は抱いている。もちろん、カウンセラーから見ると、これは彼の心の中の一つの夢物語であり、実際にそうだという確証はない。

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— posted by Azuma at 11:06 am  

父親との近親姦的結びつきが心の傷に

内心、このままでは一生幸せになれないと思った愛子さんは、その道の専門家にカウンセリングを受けた。その先生は、こんなふうに彼女のコンプレックスを説明してくれた。

「どうもあなたには矛盾した気持ちがあるようですねえ。幼いときからお父さんにすごくかわいがられて、いつも”パパ、パパ”と呼んでいたお父さん子だったという話ですけど、とくにパパに大事にされたい気持ちが人一倍強かったんですね。だけど、その反面、どこかでお父さんをおそれる気持ちがあったのでしょうね」

彼女自身、パパにとてもかわいがられ、ずいぶんパパに甘やかされていたと思う。ところが、それと同時に実は彼女には、パパに近づくと、とてもこわいことが起こるという記憶がある。彼女が5歳のころだった。そのころパパは彼女をとてもかわいがっていて。よく一緒に寝ていた。パパは彼女をベッドに入れて一緒に寝るのが好きだった。

ところが、そのパパが自分をかわいがろうとして、抱っこしようとしたのかどうか。愛子にはあまり記憶がはっきりしないのだが、とにかく寝ぼけていた彼女は、すごくこわい気持ちになって、突然、パパを突き飛ばしたか、ひっ掻いたかした。そうしたら、パパがすごく怒って、彼女を部屋から連れ出して。庭に放り投げた。寒い日だったと思うけど、彼女は庭をウロウロして、半ばもうろうとして、泣いていたという。

「ママはそのときどうしていたんでしょう?」

「ママも最初は寝ていて、気がつかなかったけど、私の泣き声で気がついて、もちろん庭に助けに来てくれたんです。”あなた、一体何か起こったの?”とパパに尋ねたんだけど、”いや、この子があんまり生意気だからだ”と、パパはかんかんに怒っていた」

「もしかしたら、あなたは何かとても性的な恐怖を父親に対して抱いたのではないでしょうかね」

つまり、彼女は一方ではパパにとてもかわいがられたい、愛されたい気持ちでいっぱいである。しかし、いざ親しくなると、また再びあの心の傷が繰り返されるのでは、という不安が高まる。

この愛されたい気持ちと。傷を負う不安の繰り返しが周りの人に対する彼女の魅力的な雰囲気になってあらわれるのだ。しかし、いざベッドインするというような、近い関係になりそうになると、とても深刻な拒絶的な恐怖、不安が起こってしまうのだ。彼女は、何とかこの心の中の父親との葛藤の繰り返しを卒業しなければと思う。この彼女のような性格を、W・ライヒはヒステリー性格と呼んだ。

ここで言うヒステリー性格の特徴は、人に愛されたい気持ちが人一倍強く、それだけ魅力的なのだが。同時に、愛されることに心の傷があって、この矛盾した葛藤が人との間、とくに男性との間で繰り返されることである。女性の場合、この彼女のように、父親との近親姦的な結びつきと、それによる心の傷が原因になることが多いという。

— posted by Azuma at 05:09 pm  

誘惑的な態度の裏にある男性恐怖

愛子さんはあるとき、電車の中で気持ちが悪くなり、心臓がドキドキし、病院に駆けつけたら、「あなたの発作は、最近の言葉だと”パニック障害”などと言われます。何かよっぽど恐ろしいと思うようなことがあるのでしょうか」と、医師に尋ねられた。

実は、彼女はあまりにも魅力を発揮しすぎて、ある得意先の部長さんの気持ちを虜にしてしまった。その部長さんは何とか彼女を口説き落とそうという、取り引きをこえた気持ちを抱くようになってしまい、彼女もその部長さんの気持ちを裏切るわけにもいかないと悩むようになった。その部長さんと一緒にゴルフに行って、お相手をしましょうという予定があった。しかし、いよいよその日が近づいてきたら、彼女はすごく不安になり、気持ちが悪くなってしまったのだ。

なぜならば、彼女は、人には言えないのだが、その色気のある容姿。態度、物腰の裏に男性恐怖を持っているからだ。とくに男性が自分に言い寄って、何か性的な感触を刺激するように近づくと鳥肌が立ってしまう。「私、性的なことはとても苦手なんです」と、そのドクターに打ち明けた。彼女のその内面は、外見の誘惑的な態度とは表裏の関係にある。

かつて彼女は一度結婚したのだが、わずか1年足らずで離婚した。どうしても夫との夫婦生活がうまくいかなかったのが原因だった。いざとなると緊張して、不安になって、身を硬くして、性生活をまったく楽しめない。彼女は内心、自分はセックス恐怖症とか、不感症ではないかというコンプレックスを抱いている。

やがて、「あれだけ僕のことを愛してると言っていたけれど、本当は僕のことを好きじゃないんだね」と言われ、夫の愛情もどんどん冷えてしまった。そして、情緒的にもうまくいかなくなって、離婚になってしまったのだ。彼女には、若いときから何回かこのような繰り返しがある。「そんなに男性恐怖があるのなら、距離を置いて、もっと目立たないように暮らせばいいと思うのに」と、彼女のよき理解者である女性の同僚は言う。

ところがその反対に、彼女はとても目立ちたがり屋で、派手好みで、しかも、女性としての魅力を大いに発揮したいという衝動を持っている。どんな場面でも、彼女は目につく存在だし、「あっ、かっこいい」とか。「いい女だ」と言われる。それなのに、いざ1対1になって、本当に親密な間柄になるうとすると、不安が高まって、それ以上うまくつき合うことができなくなってしまう。

— posted by Azuma at 06:41 pm  

その気にさせては身をかわす

愛子さんはとても有能なキャリアウーマンとして評価が高い。とくにバブル時代には、「わが支店の売上げナンバーワン」として表彰されたこともある。彼女の魅力は、とくに中高年の、いわゆるプライベートバンキングの対象になるような、お得意さんたちにとても評判がよい。

彼らも彼女と話をするのが楽しみで、ついつい新しい商品を買ったり、契約を結んだりする。だから、会社でも彼女を重んじ、いずれ彼女が営業面で相当な地位に昇るだろうとみんなも考えている。その秘密の一つは、彼女の女性としてのえも言われぬ魅力にある。

彼女が会社に行って、部長さんのことをじっと見つめると、部長さんは、彼女のために何とかしなければという気持ちになってしまう。とても普通の会社勤めの女性とは思えない。服装も派手で、人目を引く。歩き方から物腰まで色気が漂っている。

どの男性も、彼女とかかわっていると、そのまま口説いたら思うとおりになってくれるのではないか、というひそかな期待を抱く。そのような微妙にあやしげな雰囲気の中で、仕事がまとまっていく。そんなつき合いを持ったお得意さんがたくさんいる。

たしかにそれらの男性は、彼女のためにいろいろと尽くしてくれる。そして、彼女のためのネットワークができ上がり、お客さんがふえていく。ところが、裏の話を聞いてみると、これらの男性たちには、人には言えない不満もあるようだ。

「結局、僕は彼女にうまく使われてしまったんだ。何だかんだと面倒を見て、尽くして、ずいぷん仕事の協力をしていたけど、意外に彼女は堅いところがあって、それ以上、自分が近づこうとすると、たちまち身を翻(ひるがえ)したように距離を置いてしまうんだ。彼女みたいな女性は、こういう仕事よりも、それこそ銀座のマダムにでもなったらナンバーワンになれたんじ々ないかな。男心を誘ってその気にさせて、しかも、それ以上近づくとうまく身をかわすのが上手だから」

たしかに彼女は、そのような自分の女性としての持ち味をうまく生かして仕事をしてきた。しかし、バブル崩壊後は、とくに彼女に受難の時代が来た。

— posted by Azuma at 03:40 pm  

肛門性格の人が持つ「ぜいたくは敵だ」という超自我

けち田部長のようなタイプは、精神分析では「肛門性格」と呼ばれる。いつも大事なものを一生懸命ためておきたい。何とかためておきたいのに、意に反して出ていってしまう。そのときは下痢しているみたいに調子が悪くなる。実際に、このけち田部長みたいにお腹が痛くなったり、トイレに頻繁に駆け込む人もいる。お腹からの出し入れに。ものすごく注意、関心が向いている。

幼い子どもは、大事な大使をお腹の中にため込んで、お宝にしたいという気持ちを持っていると、フロイトは言う。でも、ちゃんとしつけようとする母親は、一定の時と所で、「きちんとおしっこしたり、うんちしましょうね」と子どもをしつける。子供は、とても大事なものが無理に出ていってしまったり、とられてしまうような不安を覚えるときがある。

けち田部長は、まさにこのような不安の持ち主である。「パパがこの間、私たちのことをあんなにお説教したのも、クリスマスが近づいて、みんながプレゼントやお年玉を楽しみにして、ウキウキしていたからよ」けち田部長はけっして意地悪で小言を言うわけではない。彼の心の中には、ぜいたくはいけない。おカネを無駄使いしてはいけない、ルールどおりにやらなければいけない、ごまかしはよくないという、彼自身の行動をつねに監視する「超自我」が住み込んでいるからだ。

それだけに、彼はつねに「無駄使いしないように」「ぜいたくしないように」が自分の信条になっている。そのためにけち田部長は、子どもたちか明るく、楽しく、おカネを使う様子を兄ていると、たちまちお説教がしたくなる。クリスマスやお正月は、楽しい時というより、おカネがかかる期間としてしか考えていない。

去年の夏休みにも、ママや子どもたちの強い希望で、ようやく伊豆のリゾートホテルに出かけた。ところが、そのときもお説教がはじまった。おいしい夕食をみんなで食べて、「こんな素晴しいホテルに泊まれてうれしい」と喜んでいるその表情を見ていて、けち田部長は急に不機嫌になった。

「誰のおかげでこんなぜいたくができると思ってるんだ。パパなんか学生時代からこんな思いをしたことなんか一度もない。アルバイトをして、おカネを貯めて、少しでも学費の足しにしようと一生懸命だった。それに比べてきみたちはぜいたくだ。感謝を知らない。もう少しおカネを大事にしなくちゃ」

「でも、おカネは貯めるだけのものじゃなくて、楽しく使うためのものでしょう」と、現代っ子の子どもたちは言う。「そんなに恩着せがましくお説教するなら、こんなところ来ないほうがよかったわ」と、家族みんながしらけてしまった。

会社人間で一生懸命働き続け、やっと部長になったパパは、自分のためにぜいたくもしないし、無駄使いもしない。おカネはみんな子どもに捧げたようなものなのに、肝心なところで、こんなお説教をして、家族の気持ちを台無しにしてしまう。けち田部長にしてみると。みんなか楽しくおカネを使っているのを見るだけでも、不安になって、イライラしてくるのだ。

こんなふうに。おカネの出し入れぽかり気になり、とにかく貯めることが一番という肛門性格の人の心の中には、無駄をしてはいけない、節約しなければならない、ぜいたくは敵だという超自我がいて、おカネの出し入れをいつも監督している。けち田部長が家族みんなと楽しくしたいと思ったのもたしかなのだが、いざ、ぜいたくした途端に、超自我の批判が起こって、後ろめたくなり、この後ろめたさを、子どもたちに文句を言う形で発散しなければならなくなったのだ。

— posted by Azuma at 11:40 am   pingTrackBack [0]